「時給はちゃんと上げたんですけど……雇用契約書って、そのままでいいんですかね?」
先日、知り合いのオーナーからこう聞かれました。最低賃金が上がると、対象のクルーの時給を引き上げる——ここまではみなさんやっています。でも、雇用契約書(労働条件通知書)の書き換えまで手が回っている店は、意外と少ないんですよね。私も昔、時給だけ直して契約書を放置していて、あとで冷や汗をかいたことがあります(笑)
今回は、最低賃金の発効に合わせて、クルーの時給と雇用契約書を「いつ」「どうやって」変えればいいのかを、実務の順番に沿って整理してみます。埼玉県の場合、2026年度は10月1日から時給1,196円で発効する見通しです(過去記事「2026年の最低賃金の決定はいつ?」)。
時給を上げる義務が発生するのは「発効日」から

まず大前提として、新しい最低賃金が適用されるのは発効日からです。答申や公示のニュースが8月に流れても、その時点で払う義務が生まれるわけではありません。埼玉県なら10月1日、この日以降に働いた時間について、新しい最低賃金を下回る時給は違法になります。
ここで一つ注意したいのが、最低賃金と比べるのは「時給そのもの」だけだということです。精皆勤手当や通勤手当、家族手当、時間外・深夜の割増賃金、賞与——こういったものは最低賃金の計算に入れられません。「基本の時給1,150円だけど、精皆勤手当を足せば1,196円を超えるから大丈夫」——これは通用しないんです。あくまで基本の時給単体で、新しい最低賃金以上になっている必要があります。
見落としがちなのが「雇用契約書の書き換え」
賃金は、労働条件通知書に必ず書かなければならない項目(絶対的明示事項)です。つまり、実際に払っている時給と、契約書に書いてある時給は一致しているのが当たり前という前提で法律ができています。
時給だけ上げて契約書を古いままにしておくと、こんなところで困ります。
- クルーとの間で「聞いていた時給と違う」というトラブルになったとき、書面がバラバラで説明できない
- 労働基準監督署の調査で、契約書と賃金台帳の食い違いを指摘される
- キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)を使うとき、賃金規程や契約書の改定日・改定内容が要件になるのに、書面が整っていない
特に3つめ。最低賃金の引き上げに合わせて助成金を狙うなら、契約書や規程の整備は「ついで」ではなく必須の作業になります。
いつ変える? ── 発効日付で。準備は9月中に
変更のタイミングは、最低賃金の発効日に合わせるのが基本です。埼玉県なら「2026年10月1日付」で新しい時給の契約に切り替えます。
ただ、書類づくりとクルーへの説明には時間がかかります。10月に入ってからバタバタ動くのではなく、9月のうちに書面を用意して、発効日から効力が出るかたちで署名をもらっておく——この段取りがおすすめです。発効日より前に上げてしまうこと自体は問題ありませんが、一度上げた時給は下げられないので、「10月1日から」と日付を区切っておくほうが管理は楽です。
どう変える? ── 3つのやり方

① 雇用契約書を全員分、巻き直す
新しい時給を反映した契約書をつくり直して、締結し直す方法です。いちばん確実ですが、人数が多いと手間もそれなりにかかります。
② 「労働条件変更に関する覚書」を1枚添付する(おすすめ)
既存の契約書はそのままにして、「時給を◯◯円から◯◯円に変更する/適用開始日は2026年10月1日」という変更点だけを書いた1枚の覚書を交わす方法です。作成が早く、変更履歴も残るので、毎年の最低賃金改定にはこのやり方もありだと思います。
③ 時給表・賃金規程で管理しているなら、規程を改定して周知する
就業規則や賃金規程に時給テーブルを載せている場合は、その表を改定し、全クルーに周知します。ただし、個々の契約書に「時給1,150円」と固定額で書いてある場合は、規程を直しただけでは足りず、①か②の対応も必要です。
💡 「一方的に上げるだけ」でも書面は残す
時給の引き上げはクルーにとって有利な変更なので、法的には本人の同意がなくても実施できます。それでも、あとで「言った・言わない」にならないよう、変更内容を書面にして本人に渡し、できれば署名(記名押印)をもらっておきましょう。電子データでの交付・保存でも構いません。
実務の段取り(この順番で進めると迷いません)
- ① 対象者をリストアップ:現在の基本時給が新しい最低賃金(埼玉なら1,196円)を下回っているクルーを洗い出す
- ② 上げ幅を決める:下回っている人は最低賃金以上に。下回っていない人も、キリのよい金額でそろえて全体を底上げするか、経験・役割による差をどうつけるかを検討する
- ③ 書面をつくる:上の①〜③のいずれかで、変更内容と適用開始日(2026年10月1日)を明記した書面を用意する
- ④ クルーに説明して交付・署名:発効日・新しい時給・変更の理由をひと言添えて渡す
- ⑤ 給与計算ソフトの時給マスタを変更:適用開始日を10月1日に設定。ここを忘れると、契約書だけ直して支給額が古いまま、になってしまう
ここは間違えやすい、という3つのポイント

① 締日が発効日をまたぐときは、日割りで計算する
給与の締め期間の途中で10月1日が来る場合、その月は旧時給と新時給が混在します。たとえば「15日締め」なら、こうなります。
| 働いた期間 | 適用する時給 |
|---|---|
| 9月16日〜9月30日 | 旧時給(例:1,141円) |
| 10月1日〜10月15日 | 新時給(1,196円) |
「10月支払分から一律で新時給」とやってしまうと、9月後半の勤務まで新時給で払うことになり、これは払いすぎ。逆に「10月16日締め分から」と丸ごと遅らせると、10月1日〜15日が旧時給のままになり、こちらは不足=法律違反です。境目の月だけは、日付で分けて計算しましょう。
② 割増賃金の単価も自動的に上がる
時間外・深夜の割増賃金は、時給をもとに計算します。時給が上がれば、残業や22時以降の割増単価も連動して上がるということ。給与ソフトなら時給マスタを直せば自動で反映されますが、手計算している場合は割増の単価表も更新を。
③ 契約書だけ、時給だけ、の「片手落ち」に注意
いちばん多いのが「時給は上げたけど契約書はそのまま」、次に多いのが「覚書はつくったけど給与ソフトの設定を変え忘れて支給額が旧額のまま」。契約書・賃金台帳・実際の支給額の3つがそろって初めて完了だと考えてください。
📋 最低賃金改定にあわせた契約書の巻き直し、お手伝いします
AILLコンサルティングでは、対象クルーの洗い出しから、変更覚書・賃金規程の作成、キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)を見据えた書面の整え方まで、まとめてサポートしています。「覚書のひな形がほしい」「助成金も狙いたい」という段階からご相談ください。
まとめ
- 新しい最低賃金が適用されるのは発効日から(埼玉県は2026年10月1日・時給1,196円の見通し)。比較するのは基本の時給単体で、精皆勤・通勤・家族手当や割増賃金は含めない
- 時給を上げたら雇用契約書(労働条件通知書)の書き換えもセット。放置するとトラブル・監督署の指摘・助成金申請でつまずく
- 変更は発効日付で。書面の準備とクルーへの説明は9月中に済ませておく
- やり方は①契約書の巻き直し ②変更覚書を1枚添付(おすすめ) ③賃金規程・時給表の改定+周知の3つ。従業員に有利な変更でも書面は必ず残す
- 締日が発効日をまたぐ月は旧時給と新時給を日割りで分けて計算。割増賃金の単価も連動して上がる。「契約書・賃金台帳・支給額」の3つがそろって完了