「扶養の範囲で働きたいので、これ以上シフトを増やせません」
ほっともっとの店舗では、こんな相談を受けることが多々あります。いわゆる「106万円の壁」「130万円の壁」——社会保険料の負担が発生することを理由に、クルーさんが労働時間を抑えてしまう問題です。人手が足りないのに、シフトに入れることが出来ないというのは、正直もどかしいですよね。
実はこの壁に正面から向き合って、労働時間を延ばして社会保険に加入してもらう事業主側を助成する制度があります。それが「短時間労働者労働時間延長支援コース」です。令和7年7月1日にできたばかりの新しいコースで、今回はこの仕組みを整理します。
「社会保険の壁」とは何か(おさらい)

週の所定労働時間が20時間未満などの条件を満たす短時間労働者は、社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務がありません。そのため、扶養に入っているクルーの中には「社会保険料を払いたくないから、労働時間を増やしたくない」と考える人が一定数います。これが「社会保険の壁」と呼ばれる問題です。
繁忙期にシフトを増やしたくても、クルー本人が壁を意識して控えてしまうと、結局は他のクルーへのしわ寄せや、追加採用のコストにつながってしまいます。国としても、この壁が労働供給を抑えている問題として重く見ており、以前からあった「106万円の壁」対策のコースを拡充する形で、「130万円の壁」にも対応できるよう新設されたのが今回のコースです。当面の時限的な措置とされていて、終了時期は今のところ未定です。
短時間労働者労働時間延長支援コースの仕組み

このコースは、週の所定労働時間を延長し、新たに社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者にすることで助成を受けられる制度です。ポイントは、延長のやり方に幅がある点です。1年目の取組では、次のどのパターンでも対象になります。
| 週所定労働時間の延長幅 | あわせて必要な基本給の引き上げ率 |
|---|---|
| 5時間以上 | なし |
| 4時間以上5時間未満 | 5%以上 |
| 3時間以上4時間未満 | 10%以上 |
| 2時間以上3時間未満 | 15%以上 |
つまり「時間を大きく延ばすのは難しいけれど、時給や基本給を上げることならできる」というお店でも使える設計になっています。延長幅が小さいほど、組み合わせる基本給の引き上げ率が高くなる仕組みです。2年目の取組では、さらに①労働時間を2時間以上延長する、②基本給を5%以上増額する、③昇給・賞与・退職金制度のいずれかを新たに適用する——のどれか1つを満たす必要があります。
支給額は企業規模でこう変わる

支給額は1期・2期の2段階に分かれており、企業規模によって金額が変わります。
| 企業規模 | 1期 | 2期 | 合計(1人あたり) |
|---|---|---|---|
| 小規模企業 | 50万円 | 25万円 | 75万円 |
| 中小企業 | 40万円 | 20万円 | 60万円 |
| 大企業 | 30万円 | 15万円 | 45万円 |
1期は労働時間延長・社会保険加入から半年継続した時点、2期はさらに半年継続し、前述の2年目の取組(労働時間の追加延長・基本給増額・昇給等いずれかの制度適用)を満たした時点で支給されるイメージです。ほっともっとのフランチャイズ店舗の多くは中小企業に該当するので、1人あたり60万円が目安になります。対象人数の上限は設けられていないので、対象になりそうなクルーが複数いる場合は、まとめて活用できます。
【ケース比較】延長のしかたで変わる進め方
イメージしやすいように、2つのケースで比べてみます。
| クルー | 状況 | 進め方 |
|---|---|---|
| Dさん | 週15時間勤務、シフトを増やしたい意向あり | 週所定労働時間を延長して20時間以上へ |
| Eさん | 週18時間勤務、これ以上シフトは増やせない事情あり | わずかな時間延長+基本給増額で20時間以上へ |
DさんもEさんも、最終的には社会保険の被保険者になる点は同じですが、そこに至る道筋が違います。「シフトを増やせる人」と「増やせないけれど賃金アップなら受け入れられる人」、どちらのタイプのクルーにも制度上のルートが用意されている、と捉えるとわかりやすいと思います。
申請するときに気をつけたいポイント
実務で特に気をつけたいのは、次の4点です。
①本人の意向確認が最優先
「壁」を気にして労働時間を抑えているクルーに、こちらから一方的に延長を持ちかけると、かえって不安にさせてしまいます。まずは本人の希望や家庭の事情を丁寧に聞いたうえで、双方合意のもとで進めることが大前提です。
②計画届は社会保険加入日の前日までに
「キャリアアップ計画書」は、社会保険に加入させる日の前日までに管轄の労働局へ提出しておく必要があります(例:10月1日に加入させるなら9月30日までに提出)。手続きが先行してしまうと対象外になるので、順番には特に注意してください。
③対象者の要件を事前に確認する
延長前から6か月以上継続して雇用していること、過去2年以内にその事業所で社会保険に加入していたことがないこと、事業主や取締役の3親等以内の親族でないこと——といった要件があります。契約上は時間を延長しても、実際のシフトが元の時間のままでは支給要件を満たせません。対象になりそうなクルーが見つかった段階で、要件を満たしているか一つずつ確認しておくと安心です。
④2年目に昇給・賞与・退職金制度を使う場合は就業規則の整備を
2年目の取組で「昇給・賞与・退職金制度のいずれかを新たに適用する」ルートを選ぶ場合は、就業規則等にその制度を規定しておく必要があります。労働者10人未満の店舗でも就業規則の作成義務はないだけで、規定自体は必要になる点に注意してください。
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まとめ
- 「社会保険の壁」を理由にクルーが労働時間を抑えてしまう問題に対応するため、短時間労働者労働時間延長支援コースが用意されている
- 週所定労働時間を5時間以上延長すれば賃金増額なしで対象になり、延長幅が小さいほど基本給の引き上げ率(5〜15%)を組み合わせる必要がある
- 支給額は1期・2期にわかれ、中小企業なら1人あたり合計60万円が目安
- 延長の持ちかけは本人の意向確認が最優先で、計画届は延長・加入手続きより前に提出する必要がある
- 継続雇用期間や過去の社会保険加入歴など対象者の要件を、事前に一つずつ確認しておくことが支給の可否を左右する